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時間 

さって、と。
更新すっかなー。


しばらく更新していなかった。

うん。
「できなかった」ではなく、「していなかった」だな。

なんかブログ書くのが義務みたいになってきちゃって、しばらくリセット期間として休ませてもらっていたのだ。
詳しく書かずにいきなりストップさせてしまったにも関わらず、定期的に覗きに来てくださった方には申し訳ないとのありがたいのと。


休んでいる間にもいろんな意味で充実した日々を味わってはいた。
いちばん充実感を味わったのは、レベッカのライブかな。

7月末に豊洲、つい先日の横浜アリーナ。


そりゃ25年近く前の勢いはない。
でも、それを補えるだけの「ウマさ」はやっぱりあるもの。

テクニック的なウマさで言えば、小難しいいろいろをやっている分、イマドキのバンドたちのほうがあるに決まっているんだけど、やっぱり当時の客を飽きさせないウマさっていうのかな。
もちろん再結成ってだけでうれしいのだけれど、聴くほうとしては不安もあるワケで。

どーせNokkoの声は出ないんだろうなあ、とか。

ライブはじまったら、不安は杞憂に。
いや、当時ほど声は出ていないにしても、これだけ出てりゃ問題ないわな、と思えるし。
何よりわれわれ客を、25年前と同じ雰囲気に戻してみせるっていう空気に、エンターテイナーとしての底力を観たカンジ。

これってスゲぇなあ、と思う。

80年代に全盛だったバンドが再結成したときにはいろいろ観にいっている。
レベッカだけじゃなく、COMPLEXもいったし、バービーもプリプリも観た。

みんなやっぱり同じ空気を出してた。
バービーで言えばコンタなんて高音部ヒドかったし、イマサのギターも荒かったし、プリプリの奥居ちゃんもシンドそうだったけれど、それでも。

時間を「あのころ」に戻してくれるヒーローであり、ヒロインだ。
だからこれからも、「再結成」と聞けば行っちゃうに違いない。

誰にとっても、自分が一番熱かった時期のアーティストが永遠で、ソイツらがいちばんなのだ。



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母音 

イカツイ見てくれをしているが、声は高いほうだ。

フツーにしゃべっているときはそんな気になるレベルじゃないと思うが、歌っている声を聴くと、「ああ、高いトーンだな」と自分でも思う。
吉川晃司みたいな低い声に憧れていたのに。(T_T)

だからカラオケに行くと、見てくれと声とのギャップにビビられるコトがある。
もしくはライブで歌っているのを聴かれたときにも。

年末のライブで高野寛の『虹の都へ』を歌ったのだが、その日のフェイスブックには小生の声に対するコメントがいくつか書かれていた。
80~90年代を楽しんだ人(もしくは『ねるとん紅鯨団』をよく観てた人)にしか判らない曲なので、いちおうYouTube。




先日、カラオケに行った。
やっぱりカラオケは年齢の近い人でいったほうが楽しいね。

仕事がらみでオッサンたちや若手と行くのもいいけど、結局聴いてきた曲が違うから、歌っているのを聴いても楽しめない。
ただ聴いているだけだと独演会の雰囲気だし、上手い人ならともかく、そうじゃないなら拷問になってしまう。
以前21歳のフーゾク嬢さんと行ったときには、死刑宣告を受けた被告人のようなキモチで2時間を過ごしたし。

年齢が近い人たちとなら、曲と当時の自分たちがリンクしてくるのでハナシも盛り上がる。
同時に、ああこんな歌い手さんいたっけね、なんてところでも盛り上がれる。


90年代にCMタイアップ曲を連発していた、とある歌い手さん。
その方と小生の声とが似ている、と言われた。
人生で2度め。

まあ似ていると言われれば似ている気がする。
でも歌い方が似ているわけじゃない。

声そのものでもなく、ただ母音の伸ばし方が似ているのだ。
子音の発声もそんなに似ていない。


そう説明したところ、興醒めされてしまった。( ̄∇ ̄;

いや、言語学やってると、そういうところが気になってしまうのだ。
悪いクセだとは判っているんだけれど。

「もう、似てるって認めれば、それでいいんだよ」といくら言われても、そこは譲れない。(笑)
だって、似てる率で言えば40%もない(当社比)部分だから。


ちなみに、その歌い手さんは誰なのか。
失礼すぎるし、申し訳ないのでナイショというコトで。


十八番 

今週はなぜか一日置きにカラオケに行った。
一日はシゴト関係、一日は大学院時代の仲間、そしてもう一日はブログを通じて知り合った関係。

尤もブログつながりの方は、カラオケよりもヒワイなトークがメインだったので、遠慮なく話せる場所がカラオケBOXだったという。(笑)


三回とも、「歌上手いね」とホメられた。
しかも同じ曲で。

これはもう、十八番にしてしまうしかない。(笑)

ところがしばらくカラオケ行く予定がないので、次に入ったときに覚えているかどうかが不安。( ̄∇ ̄;



驚愕 

ここ数日、ヒマになるとギターで弾いている曲がある。
森昌子さんの「越冬つばめ」。


―親がよく聴いていた歌を、ときどき歌ってる自分がいるんだよね、最近。

先日いっしょにメシを食べた友人が、そう言っていた。
全くもって同意。

今と違って、ステレオとかコンポなんかは家に一台。
テレビだって一家に一台の家が多かったように思う。

そんな家で過ごした小さいころは、自分の聴きたい曲や見たい番組よりも、親の意向が最優先。
それが当然だった。

聖子ちゃん聴きたくたって、親の聴いてる演歌がBGMになるワケで。
だから、憶えようと思わなくても、何度も聴いて(聴かされて)憶えてしまった歌がいっぱいある。

たぶん自分の好みとカンケーなく、ムリヤリに憶えさせられてしまったそういう曲達には強い嫌悪感さえ抱いていたように思う。
だというのに今となっては、当時の親の年齢に近づいたからか、親が聴いてたものの意味やそのよさが判ってきたというのだろうか。


歌詞を追っていけば演歌になるだろうし、メロディーを追っていけばクラシックかジャズに辿り着くんじゃないか。

ウチの親はそんなコトを言っていたような気がする。


たしかに当時の演歌を今になって聴いてみると、一つの物語になっているように思えるものが多く存在するコトに気づく。
内容はともかく、物語性が強い歌を聴くのは、ちょっと新鮮味もある。


―あれって、不倫の歌だったんだね。聴いてたころは、何が「ひゅるりー」だよ、とか思ってたんだけど

件の友人が、「越冬つばめ」をそう言っていた。


家に帰ってYouTubeで聴いてみると、たしかに不倫の歌。
そういう、意味が判ってくるのも楽しいものだし、あらためて聴いてみればメロディがステキだったりする。

こういうところも物語に近い気がする。
物語も、時間を置いて読み返してみると、前とは違った面白さに出会えたりするし。


30年ぶりくらいに聴いた「越冬つばめ」のギターイントロは、今までに弾いたことのないフレーズ。
弾けるようになりたい、そう思ってしまった。

嫌悪感をも抱かされた歌の一つに、すっかり惚れてしまった模様。





この動画を見ていて驚いたコトが二つ。

なぜギターが円広志なのか、と思ったら、作曲が円広志さんだという。
本名で作曲したようで。

円さんなんて、今じゃ歌唄いなのも忘れられそうな勢いだし、そもそも歌唄いとしても「飛んで飛んで飛んで~」しか思い浮かばないのに。
こんなステキな曲を作っていたなんて。


そしてそして。

これを歌っていた当時の森昌子さんは、今の小生よりもずっと年下であると。( ̄∇ ̄;
まあ当たり前っちゃ当たり前なんだけど。


30代半ば以下の人には全く判らないであろうハナシ。(笑)



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