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真似 

小6の女児が同級生を殺傷した事件から10年。
言葉としては不適当な選択かもしれないが、当時はえらくセンセーショナルな事件だったと記憶している。

90年代後半から10代の起こす残虐な事件が続き、マスコミは「キレる十代」なんてコトバを使って、若者心理を探ろうとしていた。
いや、探ろうとしているように見せかけて、「今どきの若者は…」と例のごとく揶揄しているのがほとんどだったが。

そんな中、とうとう小学生の殺人までもが表沙汰になった。
しかも、世間を震撼させたのは、どうやら躊躇することなく一思いに切りつけていた点。

殺意マンマンで、数十回も切りつけた。
これが小学生のやることか。
いったい、今のコドモはどうなっているんだ。

こういう論調の報道が多かったように思う。


当時、ボランティア活動をしていた関係で、中学生20人くらいと関わっていた。
その子たちに、この事件をどう思うか聞かれた。

中学生たちは「コドモたちがおかしい」と言われるコトに対する反発もあり、不安もまたあったのだと思う。
誤解を生まないように、なるべくコトバを選んで考えを伝えたが、みんな真剣に聞いてくれた。


コドモがおかしいのは、オトナがおかしいから。
日本は平和だと言われるけれど、毎日どこかで誰かが殺されて、それがニュースになる。

ニュースではなくとも、映画やドラマ、小説やマンガでも人殺しの場面が出てくるものは多い。
本当ならそこからいろいろ知ってもらうコトがあるハズなんだけど、ただの娯楽として存在してしまっている。

そういう世界を作っているのはオトナたち。
オトナが「コドモがおかしい」っていうのは、自分たちの責任逃れにすぎない。

だからコドモがおかしくなるのは、オトナがおかしいから。


そんなコトを話したのを記憶している。
理想論と言われればそれまでだけれど、でもオトナがしっかり「やっていいコトとやっちゃいけないコト」を教えられて、しかも「なんでやっちゃいけないのか」を教えていかなければいけないと思っている。

コドモを持っていないからこそ言えるお気楽な考えかもしれない。
でも少なくとも、それができなきゃ親になっちゃいかんと思うのだ。

まあそうなると、じゃあ「なんで人を殺しちゃいけないのか」っていう命題にブチ当たるとは思うのだが。
これについても、小生には小生なりの考えはある。
ここでは書かないけれども。

オトナの社会でイジメが存在するんだから、コドモだってマネするのは当然。
厄介なのは、一部の権力を持ったオトナが、自分のやっているコトをイジメだと思っていないところ。

だから、「権力を持っている」と勘違いしたコドモは、オトナをマネしてイジメをやらかすのだし。
やられた方も、コドモだから世界が狭すぎから、自殺とか引きこもりとかを選んでしまうのだと思う。


事件直後には、ネット上で加害女児を特定しようという動きやら、加害女児とみられる写真を見て「カワイイ」の声が上がったり、ファンクラブが結成されたりもあった。
事件の背景にも、一部報道によればバイオレンスな親だったとか、去年からクラスが学級崩壊気味だったとか、校長が舌禍を繰り返したりだとか、やっぱりマトモなオトナに恵まれてないな、ってカンジは受けた。

最終的には、女児が発達障害の診断を受けたかなんかで、「やっぱりフツーの小学生じゃなかった」ってカタチで、報道が幕引きを図っていたあたりにも、まともなオトナの報道じゃないなとは思ったし。

オトナがマトモじゃない社会で、コドモがマトモに育つと思うのか。
それはオトナ全体が真摯に考えなければいけないコトだと思う。

小生だってもちろん、オトナのひとりとして考えなきゃいかんのです。


ああ、コメント返しを全然していない。
そろそろやろうと思ってますので、しばらくお待ち下さいまし。


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