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防止 

先週のバレンタイン。

お嬢は毎年、チョコに何か一品加えてくれる。
誕生日なんかに比べれば、そう大それたプレゼントではないのだが、何かしら考えてくれるものはうれしいものだ。

今年はユニクロのTシャツ。
Tシャツって言うより、下着。

ビジネスっぽいカッコをしてシゴトするようになったので、下着類はいくらあってもありがたい。
しかし、意外な色の下着だった。

薄いブラウン。
見方によってはベージュ。


―なぜベージュ?
「なぜって、君はベージュのブラが透けるのを見たコトがあるか?」
―……
「……」
―見た記憶はないなあ
「でしょ? そういうコトだよ」


たしかに気になってはいた。

ワイシャツを着ていると、下に着るシャツが透ける。
かと言って、直ワイシャツだと、汗っかきの小生には胸毛やら乳首やら…。
眼にしてしまった人には拷問になってしまう。(笑)

色物は論外だと思っているし、白も思っていたより透ける。
だから普段は薄いグレーのシャツを選んでいた。

でもブラウンとかベージュとかってのは考えたコトもなかった。
着てみるとこれが、ホントに目立たないんだわ。

やっぱこういうのは、女のコの方が敏感なんだなーと実感。



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同窓会 

小生と弟は双子。

「双子なのに」というコトで、あらゆる場面で比較されながら育ってきた気がする。

特に言われてきたのは、人当たりの部分。
物心ついた頃にはすでに、小生は人見知りが激しく、人を選んでつき合うようにしていたのに比べ、弟は誰とでも仲良くなれるという違いがあった。

いつでも険しい表情を浮かべている小生と、にこやかにいる弟と、おそらく外見のパーツに大差ないものの、間違われることはほとんどなかった。(笑)
今となっては、小生もにこやかな表情を出せるようになっているので、間違われるコトも多いのだが。( ̄∇ ̄;


今日は小学校の同窓会だったらしい。
らしい、というのは、小生に直接の誘いは届かなかったから。

家庭にいろいろ事情があって、もともとの苗字とは違う、本家の苗字を名乗るようになったのは大学院に入ったタイミング。
だから小学校時代の名前では、ググろうとフェイスブックで探そうと、小生にはたどり着けないのだ。

今でもつながりのある、小学校の同級生は二人いる。
その二人も、弟も、小生が同窓会を好まないのは知っているので、あえて伝えなかったと言っている。
もっとも三人とも、幹事から小生に伝えるよう言われたらしいが。


正直、その二人とつながりが続けばそれで満足なんだよね。
なんなら弟だってどうでもいい。(笑)


イナカの小さな町立小学校で、学年2クラスだったから、全員そろっても70~80人。
それでも今会ったところで「誰だっけ?」となるコトも多いだろうし、そういうのでシラけさせたくない。

参加している弟から実況写メが送られてきて、いちいち誰だか紹介はしてくれるんだけど、半分以上は誰だか判らん。( ̄∇ ̄;

たぶん、興味の向く範囲がとんでもなく狭いんだと思う。
キョーミあればいくらでも没頭できるけど、なければ知ったところですぐ忘れてるし。
人間には少なからずそういう部分はあると思うんだけれど、だぶんそれが極めて強く出るタイプなのかと自己分析。

こっちはこっちで楽しんでるぜ、と、上記の友人二人といっしょに、写メ送り返すかとも言っていたが、さすがにオトナ気なさすぎるので止めておいた。



筆圧 

万年筆を勧めてくれたのは、大学の先生だった。


大学・大学院在籍中、常にペンケースを3つくらい持ち歩いていた。
一つ一つがエラく大きなペンケースで、それぞれ中には10本以上が常駐。

とにかくモノをよく失くすのだ。
ペンは使ったら置いてきちゃうし、それどころかケースごといつの間にか消え失せている。

ボールペンだと筆圧が強くなっちゃうので、軽く書けるゲルインキペンを使っていた。
氣にいったペンはストックを常に持ち歩くため、ひとつのケースにたくさん、さらにケースごとストックを持つという形で「ペン(ペンケース)を失くす」という事態に備えていた。


大学の先生は、こうおっしゃった。
「ちょっと高いペンをもって、ちょっと高いペンケースに入れていれば、意識が向いて失くさなくなるんじゃない?」

なるほど、と思ったS少年は、ちょっと高いペンでオススメを聞いてみた。
そこで勧められたのが、万年筆だった。

万年筆は筆圧いらないし、インクを入れる手間だけで、小生の望む「書く作業」になるだろう、とのコトで。


授業が終わってから先生御用達のお店へ行って、店員さんにいろいろオススメを聞き、四本買った。
黒インクと赤インクで使う一本ずつと、とりあえずストックとしてもう1セット。(笑)

ペンケースは2000円くらいのを二つ。
そしてインクとで、なんだかんだで20000円近くかかった記憶がある。


先生の見立てはスゴかった。
たしかに意識が向くからなのか、失くさなくなった。

いや、結局そのとき買った四本中二本は失くすんだけど、どっちも五年以上は使った。
残った二本のうち、一本は自転車事故で再生不能に、そして最後の一本が、今日寿命を迎えた。

20年以上使ったとなると、費用対効果は抜群だったのではないかと思う。


いろんなインクの色を試したくなって、そのたびにいろんな万年筆に手を出し、気づいたら10本を超えている。
インクもそうだけど、太さも色んな場面で変えたいし、とか言って。(笑)

インク変える手間や定期的な掃除、そういうのはメンドーだけどキライじゃない。
zippoやブーツなんかも同じ考え方。

使い捨て文化を否定するものではないけれど、気に入ったものを掃除したりリペアしながら長く使っていくというのが、性に合っているんだと思う。


ちなみに、モノをなくすのが多いのが、ADD(ADHD)の症状と知らされるのは、また別のお話。




責任 

自己責任というコトバだけがひとり歩きしているようで、違和感を覚えるところではあるのだが。

後藤さんは以前、「何があっても自分の責任」というコトをおっしゃっていた。
それを自分に言い聞かせて、今回の結果を招いたのならば、それだけの覚悟を持っていたと思うのが妥当だろう。

アベちゃんを始め、国家を責める場面ではないと思っている。
もちろん国家としては、国民の生命を救うために最善をつくす必要はあると思うが、最善とは相手の言いなりになるコトではないだろう。


シゴトには常に責任がつきまとう。

責任の内容は、金銭だったり人間関係だったり、名声だったりときには生命であったり。
そういったものを負う分、報酬を得られるものであり、自分の負っているものを理解していなければ、それはシゴトとは呼べないと考えている。

後藤さんの今までやってきたコトを振り返れば、おそらく自分の責任を理解した上で、シゴトに臨んでいた人なのだろう。
だからこれは殉職だろうし、よくやった、と賞賛に値するとさえ思う。

後藤さんに対し、自己責任というコトバを利用してバカにする気は毛頭ないし、貶めるつもりもない。
ここまでの使命を持って乗り込んでいったのだから、スゲエ人だな、とスナオに思っている。

したがって湯川氏については語るに及ばないし、行動が浅はかすぎて笑止千万。


イスラム国ってのは、オウムと同じなんだろうなあ、と。
あのの行動が許せないのは、それは日本における一般的な価値観からなのであって、イスラム国においては許される行動なんでしょ?

価値観の相違ってのは、ときに生命の危険を引き起こすってのを如実に表した事件かと。

ただね、イスラム教そのものを憎んではいけない。
イスラム国は、イスラム教の亜流の一つだろうし、そういう意味ではオウムだって仏教の亜流だったんだろうから。

でも戦争ってのは昔から、領土争いか神様の教義の違いで起こっているものだから、これが三次大戦につながるのかなあ、なんて思ったり。


非常に冷めた見方かも知れないが、今回の事件について思ったいろいろ。


あ、後藤さんはフリーだったから、最終的に国家が動くべきだったと思うけれど、今なお向こうにいる報道機関に対しては違う考えだ。
あれは国家じゃなくて、会社が最終責任を負うべき。

危険を承知で退避させていないんだから、それは会社のトップが切腹でもすりゃいいんじゃないかな。
国に助けを求める事態になっても、それは違うと言いたい。




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