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母音 

イカツイ見てくれをしているが、声は高いほうだ。

フツーにしゃべっているときはそんな気になるレベルじゃないと思うが、歌っている声を聴くと、「ああ、高いトーンだな」と自分でも思う。
吉川晃司みたいな低い声に憧れていたのに。(T_T)

だからカラオケに行くと、見てくれと声とのギャップにビビられるコトがある。
もしくはライブで歌っているのを聴かれたときにも。

年末のライブで高野寛の『虹の都へ』を歌ったのだが、その日のフェイスブックには小生の声に対するコメントがいくつか書かれていた。
80~90年代を楽しんだ人(もしくは『ねるとん紅鯨団』をよく観てた人)にしか判らない曲なので、いちおうYouTube。




先日、カラオケに行った。
やっぱりカラオケは年齢の近い人でいったほうが楽しいね。

仕事がらみでオッサンたちや若手と行くのもいいけど、結局聴いてきた曲が違うから、歌っているのを聴いても楽しめない。
ただ聴いているだけだと独演会の雰囲気だし、上手い人ならともかく、そうじゃないなら拷問になってしまう。
以前21歳のフーゾク嬢さんと行ったときには、死刑宣告を受けた被告人のようなキモチで2時間を過ごしたし。

年齢が近い人たちとなら、曲と当時の自分たちがリンクしてくるのでハナシも盛り上がる。
同時に、ああこんな歌い手さんいたっけね、なんてところでも盛り上がれる。


90年代にCMタイアップ曲を連発していた、とある歌い手さん。
その方と小生の声とが似ている、と言われた。
人生で2度め。

まあ似ていると言われれば似ている気がする。
でも歌い方が似ているわけじゃない。

声そのものでもなく、ただ母音の伸ばし方が似ているのだ。
子音の発声もそんなに似ていない。


そう説明したところ、興醒めされてしまった。( ̄∇ ̄;

いや、言語学やってると、そういうところが気になってしまうのだ。
悪いクセだとは判っているんだけれど。

「もう、似てるって認めれば、それでいいんだよ」といくら言われても、そこは譲れない。(笑)
だって、似てる率で言えば40%もない(当社比)部分だから。


ちなみに、その歌い手さんは誰なのか。
失礼すぎるし、申し訳ないのでナイショというコトで。


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掃除 

コドモを作らない方針の夫婦である。

できにくい、という部分もあるのだが、作りたくない理由がある。
小生はADD(ADHDのH抜き 診断済)、お嬢はアスペルガーの傾向があるという診断を受けている、発達障害持ち(疑い?)夫婦のため。

まあそこらへんは結婚する前によく話し合っているコトだから特にモンダイはないのだが、生活の中で性分的にぶつかってしまうコトがよくある。

発達障害に詳しい方ならご存知かも知れないが、一例を挙げると、小生は気が散りやすく集中しづらく、お嬢は逆に集中するとしすぎてしまって後々に虚脱症状が訪れてしまう。
というのがあるので、ぶつかってしまうときがあるワケだ。

例えば夜の生活。

小生を元気づけようと、お嬢が手と口でキモチよくしてくれる。
ところがお嬢はそこに集中してしまい、結果、それで小生が果ててしまう。( ̄∇ ̄;

で、集中しすぎないように、BGM代わりに何かDVDでも流してみる。
お嬢は適度に気が紛れるみたいで臨戦態勢が整うのだが、小生がDVDを気にしてしまう。( ̄∇ ̄;

だから結局、夜はだいたい2回戦以上が必要で、しかも4~5時間はかかる。

まあセックスはいい。(笑)


もひとつモメる原因となるのが、掃除。

お嬢はとにかく、モノを置く場所を決めておいてキッチリしたい。
小生は何の気なしにモノを置いてしまい、憶えていない。( ̄∇ ̄;

結果、すぐに「あれがない、これがない」となってしまう。
だから、お嬢が掃除するたびに、ワケのわからんポジションから、お嬢にとっては理解し難いモノが出てくるのだ。
(例:洗面所の歯ブラシ置き場からケータイ、冷蔵庫からCDプレーヤーのリモコン など)


2週間ほど前、お気に入りのサングラスを紛失した。
帰宅した時点でそれを着けていたのは、お嬢も確認済。

そしてその夜、「あれ、サングラスどこ置いたっけ…」と騒ぎ出す小生。
お嬢は「どうせまたどっかから出てくるよー」と。

ところが、2週間かけて家の隅々を掃除しても出てこなかったようだ。


すでにそのコト自体を忘れ気味になっていて、あきらめている小生。
それに対し、見つからないコトにイライラしているお嬢。

すまん、お嬢。



相談 

2月の中ごろから今に至るまで、仕事つながりの人から食事に誘われるコトが多い。
30代後半から40代の、まあトシが近いと言っていいであろう人たちだ。

仕事つながりで食事といえば、何を食べるのかなんてのはモンダイでなく、そこで話されるコトがモンダイとなる。
年齢も年齢なだけに、そう軽いハナシのワケもなく、それなりに深刻である。

だいたいの場合、シゴトや職場に対する不安であり、とどのつまり転職のコトがメイン。
小生は経験しているから、話しやすいんだろうと思う。


転職を考える人には、大きく分けると2種類のパターンがある。
今の会社が業績やらの面で限界が来ていて(近づいていて)考えざるをえない人と、自分自身の明るい未来のために考えている人だ。
もちろん両方を考えるケースもあるのだけれど。

前者の場合、四の五の言ってられないコトも多いので、あんまり深刻な相談とはならない。
後者になると、いろいろ考える余裕があるからか、けっこう深いハナシにもなるというもの。


で、後者の中でも、さらに2種類に分かれる、と思っていた。

やりたいシゴトを求めるパターンと、よりよい待遇を求めるパターン。
これだって両方を得られれば一挙両得となってサイコーの転職になるのだが、残念ながら小生を含めて、小生の周りにそんな実力のある人は少ない。( ̄∇ ̄;

ところがいろいろ話していると、新たなパターンがあるコトに気づいた。
それは、現状維持を求めるパターン。

一般的に40歳だったらあと20年、45歳ならあと15年で定年。
定年までもう給料は上がらなくてもいいから、下がる心配もなく、転勤なんかもしないで済む、さらには会社がツブれる心配もない、そういう転職を考えるというパターンだ。


以前にも書いたけれど、シゴトには責任が伴うものだと思っている。
シゴトの対価として給料を含めた待遇があるのであって、転職してまで現状維持というのは、その責任をギリギリまで回避し続けたいという願望なんだろうと思う。

まあキモチとしては、小生だってそうありたい。
責任なんか負いたくねーもの。

キモチはそうであっても、現実は違うと思うから、イヤなもんだってやらなきゃなーと思っているワケで。
何にだってリスクは伴うもんだよなー、と。

だからそのリスクを回避しようという転職は、やっちゃいけないものだと、少なくとも小生は思っている。
そういう立ち位置は、転職してまで得るものじゃなく、自分で作っていくもんだと思うし。

ところがトシの近い人たちの中に、それを考えるだけじゃなく、実行しようとしている人たちが複数いるコトに衝撃を覚えた。


シアワセなコトに、今でも声をかけてくださる存在があって、今でも転職を考えつつシゴトをしている身としては、モチベーションの下がる相談は持ちかけないでほしいものだ。



新年度 

新年度が始まり、おかげさまで会社としては好調。
業務拡大に伴い、新人も入ってきた。

小さい会社なので、全員がどの業務もこなせるようでなければいけないし、フォローしあわなければやっていけない。
でも新人にいきなりそうなれ、というのは酷。
新卒ならなおさら。

できるコトから任せて、時間をかけて育てていきたい、というのが年度末のミーティングで話し合って決まった。
ところがこの新人さん、昼の休憩でさえ、メシを食いながらいろいろ資料を眺めている。
やるときとやらないときのメリハリをつけなければ、いつかパンクしそうで怖い。


やる気があるのはいいんだけどね。
やる気はいいけど過信はいかん、と、かの岩鬼さんもおっしゃっている。

何より一生懸命やられてしまうと、昼メシの後の休憩が取りづらくて。( ̄∇ ̄;
こっちはいかに手を抜くかしか考えていないというのに。



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