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責任 

自己責任というコトバだけがひとり歩きしているようで、違和感を覚えるところではあるのだが。

後藤さんは以前、「何があっても自分の責任」というコトをおっしゃっていた。
それを自分に言い聞かせて、今回の結果を招いたのならば、それだけの覚悟を持っていたと思うのが妥当だろう。

アベちゃんを始め、国家を責める場面ではないと思っている。
もちろん国家としては、国民の生命を救うために最善をつくす必要はあると思うが、最善とは相手の言いなりになるコトではないだろう。


シゴトには常に責任がつきまとう。

責任の内容は、金銭だったり人間関係だったり、名声だったりときには生命であったり。
そういったものを負う分、報酬を得られるものであり、自分の負っているものを理解していなければ、それはシゴトとは呼べないと考えている。

後藤さんの今までやってきたコトを振り返れば、おそらく自分の責任を理解した上で、シゴトに臨んでいた人なのだろう。
だからこれは殉職だろうし、よくやった、と賞賛に値するとさえ思う。

後藤さんに対し、自己責任というコトバを利用してバカにする気は毛頭ないし、貶めるつもりもない。
ここまでの使命を持って乗り込んでいったのだから、スゲエ人だな、とスナオに思っている。

したがって湯川氏については語るに及ばないし、行動が浅はかすぎて笑止千万。


イスラム国ってのは、オウムと同じなんだろうなあ、と。
あのの行動が許せないのは、それは日本における一般的な価値観からなのであって、イスラム国においては許される行動なんでしょ?

価値観の相違ってのは、ときに生命の危険を引き起こすってのを如実に表した事件かと。

ただね、イスラム教そのものを憎んではいけない。
イスラム国は、イスラム教の亜流の一つだろうし、そういう意味ではオウムだって仏教の亜流だったんだろうから。

でも戦争ってのは昔から、領土争いか神様の教義の違いで起こっているものだから、これが三次大戦につながるのかなあ、なんて思ったり。


非常に冷めた見方かも知れないが、今回の事件について思ったいろいろ。


あ、後藤さんはフリーだったから、最終的に国家が動くべきだったと思うけれど、今なお向こうにいる報道機関に対しては違う考えだ。
あれは国家じゃなくて、会社が最終責任を負うべき。

危険を承知で退避させていないんだから、それは会社のトップが切腹でもすりゃいいんじゃないかな。
国に助けを求める事態になっても、それは違うと言いたい。




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コメント

激しく同意。
  • 2015/02/02 (月) 07:11 ★
  • URL ★
  • Jam
  • [ 編集 ]

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同意!

しかし、本当に責任って言葉を知らない人が多すぎると思う。
責任が大きくなるほどその対価は大きくなる。
でも、対価は取るけど責任は回避する人の多いこと。

責任って言葉を勝手に解釈する人も多いですしね。

★ Jamさん
★ 名無しさん
★ betipaさん
同意をいただけてうれしく思います。
責任って便利なコトバだと思うんですが、ひとりひとりが自分の責任を全うできる、健全な世の中であって欲しいですね。


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